パンチャ・イサカ小学校

2003年1月  「パンチャイサカ小学校」をネパール サララヒ村に建設することが出来ました。
平成19年8月現在、235人の生徒がこの学校に通って勉強をしています。

その中には、内戦で両親を失った子供達も20人程いて、この学校に併設された寮で生活をしています。

先生及び生徒の生活一般を見ている保母さん達は10人ほどで、その内、常勤の有給の先生が5〜6人と、大学生のボランティアの方が3〜4人で面倒を見てくれています。
子供達に聞いてみました

Q,欲しいものは? 遊ぶもの(サッカーボール・バレーボール・バドミントンなど)   

Q、将来は何になりたい?学校の先生(沢山の人に勉強を教えたい)  お医者さん(病気を治して村の人を助けたい)
先生と保母さんたち

彼女達の多くは給料は貰っていますが、とても低い賃金でボランティアとして面倒を見てくれてるような状態です。

毎月のCD売上等の基金も学校維持費(先生達の給料、文具、教材費等)に当ててみるとマイナス面も出てきたりで、学校は立ち上がりましたが内容的にはまだまだ厳しい状況です。
2007年1月校舎の前で
学校の遊具などはまだまだ手が届かかず子供達は破れて空気の入っていないボールでも楽しそうに遊んでいます。

出来たら皆さんのお力をお貸し下さい。 ネパールでは、一般の人のお給料は日本円で1万円位です。

多く稼ぐ人はそれでも2万円位です。

日本の方々のほんの少しの協力がネパールでは沢山の援助となります。子供達の輝く笑顔を応援して下さい。
僕は1994年に来日してから、大阪花博の出演をきっかけに日本での作曲、編曲活動を手がける傍らチョウタリバンドを結成。

「チョウタリ」「瀧」「ヤトラ」と3枚のCDをリリースするなど日本での様々な音楽活動に没頭していました。2002年に弟のサラバンがタブラ奏者として来日し、演奏活動にも更なる幅が出て来だした頃、久

しぶりに故郷のネパールの村を訪れました。

数えてみると8年ぶりに見るネパールの村は懐かしさと驚きが交差していました。

大人になった自分の目から見る故郷の小学校はあまりに荒廃していて大きなショックを覚えました。

床は剥がれ、机も壊れ校舎の壁も剥がれ、机も壊れ、校舎の壁も剥がれていたりと・・・・・・・・・・。

更に村ではその小学校にさえ行けない子供も沢山いることを知り、「今の自分に何か出来ることはないか」と考え、村に学校を作りたいと思いました。

早速、日本に帰りチャリティコンサートを行い、またCDの売上を貯める等しながら沢山の仲間の方たちの協力を得て

2003年1月には、ネパールのサララヒ村に「パンチャ・イサカ」という小学校を建設する事が出来ました。

ご協力頂いた皆様ありがとうございました。                          

パンチャ・ラマ

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※コンサートの収益金、CD売上の一部は「パンチャ・イサカ小学校」の維持費として寄付させて頂ます。

パンチャ・イサカ小学校への募金お振込み先は、
チェトナサンデス会  郵便00140‐8‐669426まで
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